- 2009年12月19日 20:04
きょうは朝から、建築学科同窓会「泉会」の主催する就職セミナーへ。
10時に集合して、まずは3役による会報の編集会議からスタートです。
昼食をとってから、パネルディスカッション、会社説明会の会場設営。
来場いただく50社ほどの企業テーブルをセットするのは、なかなかの肉体作業でした。
午後一番で、いろいろな分野に就職している卒業生によるパネルディスカッション。
いま、求められている人材はという話なのですが、これはいまも昔もきっと変わらないのでしょう、、、。
「明るく元気で素直」それが一番だとおもいます。
ボクのテーブルにも何人かのアトリエ系設計事務所へ就職希望の学生が何人か相談に来てくれました。
ボクに言えるのは、ボクはこういう考えで就職活動(といえるかどうかわかりませんが、、、)をしてきたということだけです。たいしたアドバイスはできません。
ただ夢だけは見失わなかったような、、、、。
ちなみに、ぼくの就職活動は失敗でした。
積水ハウスに落ち、三井ホームに最終面接まで行ったのですが落ち、中堅ゼネコンに落ち、結局就職も決まらず卒業設計に突入。
そのころは卒業式に出る気力さえなく、就職浪人などできるわけがないので、とりあえず父に頼み込んで大学研究生として過ごすことにきめました。
といっても研究生なんて名ばかりなもので、なんにもやることはありあせん。
そんなとき高校の教員をしていた父が、「設計事務所を主宰している卒業生いるので、そこで修行させてもらえるようにお願いするから、いって来い」というのです。
ということで、4月から手弁当、無給の建築設計事務所修行が始まりました。
幸せなことに、その事務所は寺井 徹設計室という近代数寄屋では有名な吉田五十八事務所で長年働かれた所長の事務所でしたので、得ることがたくさんありました。
給料はなくても、毎日がとても新鮮で充実した日々でした。
給料が安い(スタート時は無給)ということは、1日も早く設計ノウハウを得て独立して自活すること。
「資格と電話と建材カタログがあれば建築設計事務所ははじめられる。」毎日そればかりを考えて仕事をしていた記憶があります。
2年9ヶ月の事務所勤めを終え、幸い1級建築士の資格も取得し、26歳で独立してしまいました。
それからウン十年、、、。
けっして楽なことばかりではなく、きっと厳しいことのほうが多かったかもしれません。
でも、自分の選んだ道、好きな道であれば多少の困難なんか乗り越えられるものです。
学生時代の就職活動でハウスメーカーにうかっていたらまったく違う人生だったでしょう。
充実した仕事をし、安定した収入を得て、サラリーマンとして幸せな日々だったかもしれません。
でも、いまはボクはあのときハウスメーカーに落ちて良かったと思います。
その時は失敗とおもえても、長い人生においてはそれが失敗だったとは限らないのです。
安定とは程遠い不安定でリスクの多いアトリエ系設計事務所ですが、それと反比例すると言って良いほどのおおきな充実感を感じてやってこられました。
きっと、楽な道より、厳しい道のほうが結果的にはオモシロイということなのでしょうね~。
これは誰にでもお勧めできませんが、、、、(笑)